第135回テーマ

学会主宰より前口上

生活様式学会へようこそ。諸君は草野球などで守備についていて自分のところに実にもう平凡きわまりないフライが飛んできたとき、いかなる工夫ある捕り方をするだろうか。いわゆるひとつのメイクドラマですかね、つまり。

報告一

オーバーハンドで手首を折り曲げるスタイル

おじぎどりクロマティ

 捕球したと同時に手首をカクッと下に折り曲げてみよう。こうすれば、巨人軍史上最強の助っ人と呼ばれたエンターテイナーの気分になれること請け合い。お辞儀をするみたいで行儀がいいし、手首の運動にもなるし、頭部死球の翌日の代打満塁本塁打だって可能だ。


報告二

慣用句を活かしたアンダーハンド・キャッチ

へそキャッチで客をわかすっちゃ

 上達より満喫を標榜する大人の草野球では、凡フライはアンダーハンドでへその前で捕るべきだ。少年野球みたいに基本に忠実に額の上で捕っても客は盛り上がらないが、へそで茶をわかすように球を捕れば、客はおかしくてたまらないじゃないか。慣用句的に見て。

報告三

周囲を心配させることで気を引く焦らし捕り

ギリギリボーイはロンリー育ち

 凡フライが上がったら、球が落ちる直前までそしらぬふりでぼーっと突っ立っておく。「おいおい!」と周りがやきもきしているのを確認したら、ギリギリでハッと気づいたように捕るわけ。孤独が唯一の友だった男が必死で他人の気を引こうと編み出した叡智である。

報告四

英雄と同化するためのアクロバティック捕り

少しだけイチローになれた日

 日本の野球ファンには凡フライキャッチにおける最高の見本がある。そう、イチローだ。彼が練習でしばしば見せる、グローブを背中から体の反対側に回して捕るキャッチングスタイルを真似ない手はない。1ローは無理でも、0.000001ローぐらいにはなれるはず。

報告五

用具第一主義者の野球用皮革手袋不使用作戦

グラブ愛の素手プレイ

 誰でも捕れる凡フライごときに愛すべきグラブを使って傷める必要などない。グラブはファインプレーをかっこよく決めるときのために大事に保管しておきたいのが選手の人情なのだ。だから凡フライは素手キャッチで決まり。骨までビシッとくるのがやみつきだね。

報告六

額に当てて捕る中日宇野リスペクトスタイル

ダイヤモンドヘッドでジョカトーレ

 かつて、凡フライを額に当ててしまった遊撃手がいた。あの跳ね返り具合はすごかった。もし彼が野球でなくサッカーをやっていたらヘディングの名手になれただろうに……。そんな思いに浸りながら、凡フライは一度額に当てて捕る。野球とサッカーは共存できる。

報告七

グローブを放り投げて捕る飛び道具スタイル

孤高のトンデモ二重殺

 守備の醍醐味といえば何といってもダブルプレーだけど、これが凡フライを使って一人でできるって知ってた? 上に放り投げたグローブに飛んできた球をスポッと入れてワンナウト、球が入ったグローブを下でキャッチしてツーアウトってわけ。とんでもなく素敵!

報告八

柔軟な人しかできない裏返しハンドキャッチ

手の甲を太陽に

 一見平凡だが、よく考えるとかなりの非凡捕球。にわかに敵ベンチもざわめいて……というのが理想だろう。そこで、左きき用のグローブを左手にはめる秘策。手の甲で球を包み込むようにするのがポイントだ。頭と体が本当に柔軟な選手でないと壊れるので要注意。

学会主宰より総括

 あまり熟慮しすぎる人間は大して事を成就しない−−とはシラーの言であるが、つまりこれは凡フライを捕るのにつまらぬ考えをめぐらしたりしないで普通に捕りなさいよということであろう。しか草野球だしね、まあいいんじゃないかシラーとつぶやいておこう。さて、総括である。
 報告一おじぎどりクロマティはわりによく見る。しかしこの捕り方はカクッとやったとたん球がするりとこぼれたりすると超かっちょ悪で、うわーごめーんとおじぎして謝るハメに陥るのが難。
 報告二へそキャッチで客をわかすっちゃはむしろへそのつもりがキンに当てて飛び上がったりする方が客はわくと思うっちゃ。
 報告三ギリギリボーイはロンリー育ちはやけにいじましい。いじましいけど、だからなんだ感もやけに大きい。結局は大してみんなの印象にも残らずすぐに忘れ去られる運命かとも思われる。
 報告四少しだけイチローになれた日は失敗するとトチローとか言われるんだろうね、ハハハ、という感じ。
 報告五グラブ愛の素手プレイはなんとなくエロそうなネーミングなのにやけに無骨な内容である点あたりが何ともはや。
 報告六ダイヤモンドヘッドでジョカトーレは実にファンタジック。野球とサッカーとの美しき融合がここにある。難点は融合にはかなりの痛みを伴うだろう点くらいだ。
 報告七孤高のトンデモ二重殺の勝手な勘違いぶりは、次回からはベンチ要員になること必至。
 報告八手の甲を太陽にはニンゲンデスカ?
 というわけで今回の推奨スタイルは、やっぱり俺たちサッカーが好きだしというただそれだけの理由でダイヤモンドヘッドでジョカトーレとしたい。以上。

学会副宰よりあとがき

●『生活様式学入門』の文庫化を記念して、半年ぶりに更新してみました。7月30日に扶桑社文庫から650円で発売!文庫化したけど見た目は前とほとんどいっしょ! っていうか、単行本のサイズも文庫とあまり変わらなかったんだっけ…。



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