第51回テーマ

■学会主宰より前口上

当学会へようこそ。諸君は電車のキップを購入し自動改札を通り抜け、そして車中の人となったとき、いかにしてキップを所持しているだろうか。恐らく誰もがさりげなく持ち運んでいるだろうが、しかし改めてその理由も含めて問われればハタと気づくはずである。キップとは存外、やっかいなものであるものよ、と。

■報告一



鉄道有袋類・ポケップ

紛失を防ぐ
ためのポケット
しまい型

 カンガルーと違って人の体には袋がないが、人の服には袋状の物入れがついている。ジーンズのコインポケット、シャツの胸ポケ、チノパンの尻ポケ等々にキップを入れておけばもう心配無用だ。キップ紛失は乗客最大の恥。ポケット+キップ=ポケップを定理に、今日も頑張ろう。

■報告二



音速の指使い乗客

時間を無駄に
使わない
手元キープ型

 多忙を極める都会の乗客たちに、キップを悠長にしまっているヒマなどない。だから自動改札から排出されたキップを指ではさんで取ったらそのまま手に持っておく。これなら出札時もスムーズだし、しまった場所を忘れることもない。キップは指にキープ。ビジネス人の常識である。

■報告三



臆病人間サイファー

財布内にしまう
キップ思いな
慎重型

 ややもすれば忘れがちだが、キップはれっきとした金券である。硬貨、紙幣、図書券、おこめ券といったヤツらのなかよし仲間である。従って、それら同類がいる財布の中にいちいちしまってやるのが最も適切である。臆病なわけではなく、慎重でかつキップ思いなだけなのである。

■報告四



イヤー2000

耳上にはさむ
競馬オヤジの
赤鉛筆型

 率直に言って、キップは耳にはさみたい。赤鉛筆をはさんだ競馬新聞オヤジを模すわけではない。額面が見えるようにはさんで居眠りし、「そろそろ降車駅ですよ」と他の乗客が教えてくれる可能性に賭けてみたいのだ。B.C.2000。乗客同士が協力する素敵な社会は到来するだろうか。

■報告五



チックタック
ピップキップボーン

腕時計のバンド
にはさむ
磁気活用型

 ご存知の通り、自動改札対応キップの裏面には磁気コーティングが施されている。即ち、ピップエレキバンの代用品として、キップを腕時計のバンドと手首の間にはさめば、磁力が働いて血行にいい。というのは虚妄だが、時間を見るついでにキップを見るのは効果的なはず。結構ね。

■報告六



電車では百害あって一利あり

煙草のフィルムに
入れる自動改札型

 臭い、煙い、肺ガンになる、ポイ捨てが迷惑……。とかく批判を受けがちですが、煙草にも利点はあります。キップの一時保管場所として最高なんです。外装フィルムに親指大の穴を開ければ、自動改札対応定期入れの如きワンフィンガー取り出しも可能。レッツ・コミュニケース!

■報告七



ムラカ耳ハルキの穴

耳の穴の中に
さしこむ
違和感重視型

 キップは耳の穴にしまうべし。どんな格好でも普遍的に存在し、出し入れに手間がかからず、そこに入れたことを忘れにくいというキップ携帯の三原則を楽々クリア済みだ。アホかと思うなかれ。これはあの村上春樹が『村上朝日堂』で唱えたスタイルなのだ。耳で、キップの歌を聴け。

■報告八



デコアブラのメンテマン

脂ぎった額に
くっつける
思いこみ型

 自動改札機が故障したら大変。ただでさえ混雑するラッシュアワー時、駅が地獄と化すのは目に見えている。だからキップは額にくっつける。入出札時に油まみれのキップを通すことで、改札機内部に適量の油をさしてやる。誰も知らないが、私はデコアブラのメンテマンなのだぁ!

■学会主宰より総括

鉄道生活のプロが選ぶキップの持ち様とは

 ここでは各論説の適切かつ的を得た主張というかこだわりというか思い入れというか思い込みというかそういった行間から滲み出すヤバさ等に着目して、論評を加えていくこととする。

 報告1鉄道有袋類・ポケップはいろいろ書いてあるが、結局普通にポケットに入れるだけである。それで何を頑張ればいいのか。

 報告2音速の指使い乗客にはキップをなくさないための工夫が見られるが、そのための方法が手に持っているだけという点は都会型ビジネスマンの行動にしてはあまりに原始的。

 報告3臆病人間サイファーの「金券は財布に」という主張はなるほど納得。しかし面倒臭い。小銭入れのほうがまだしもマシでは。

 報告4イヤー2000の「そろそろ降車駅ですよ」と他の乗客が教えてくれるとのくだりについてだが、たとえば「160円」とだけ書いてあるキップでは教えたくとも教えられない。

 報告5チックタックピップキップボーンは、ふと時間を見たらいつのまにかキップだけが消えていた…ということになりそうだ。

 報告6電車では百害あって一利ありは非喫煙者にとっては無関係な一利。

 報告7ムラカ耳ハルキの穴は耳の穴が痛そうだが、その痛さゆえにキップのありかを忘れないと考えれば理解できる方法だ。

 報告8デコアブラのメンテマンはアブラ性であることに絶大な自信を持つ人のみどうぞ。ご勝手に。

 というわけで今回の推奨スタイルは、耳穴という人体付属の洞穴をうまく利用したムラカ耳ハルキの穴としたい。以上。

■「学会うらばなし」

●今回もなんとなく学会オフィシャル絵師のオフィシャル絵を入れてみたわけ。

●「9月10日までに単行本用の原稿を20本分書き上げると約束していた主宰。締切が近づいてもなんの音沙汰もない主宰に業を煮やした副宰がやんわりと、かつ、いぢらしく催促を促すと、『10日まで20本はやりますとも。そんな大変な気はしてないんで、まー気楽に取りかかります。軽いっすよ20本。たぶんきっと』というメールを送ってきた。へー、意外に頼もしいんだな、主宰って、と思わせるに足る文面だったが、15日の今日になってもやはり原稿は届いていない。副宰は今日も小さな乳首を痛めているのだった」と書いた日から既に1ヶ月が過ぎた今日になってもやはり原稿は届いていない。副宰は今日も小さな乳首を痛めているのだった。おれはもう知らん。


絵●龍野宏幸

研究ユニット●94年発足。生活上のグラマラスな題材について精力的but投げやりに探求中。学会最中、己から漂う強い天ぷら油臭が気になった副宰は「そのジーンズ、洗濯失敗の臭いが強いが」と指摘。皆の鼻先を主宰へ向けることに見事成功した。


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