第38回テーマ

■学会主宰より前口上

当学会へようこそ。諸君は居酒屋にてオーダーを伝えようとするとき、いかなる素振り手振り身振りで店員を呼び寄せるだろうか。ディスコミュニケーションが叫ばれる今世紀末において、店員との意思疎通はまさに急務。これは、客としてみずからの存在をアピールし訴えんがための、悪戦苦闘のサバイバル物語である。

■報告一



ハラペコなら手をたたこ、パンパン

拍手と肉声の
周波数差を
利用しよう

 客たちが大声でくっちゃべっている居酒屋では、声とは違う周波数を持つ音で店員の気を引く技術が求められる。声以外に人間が発する音の中で最も音量を期待できるのは、拍手である。「あ、フラメンコダンサーだ」と誤認される可能性は低い。不幸せでも安心して手をたたこう。(氏)

■報告二



指が鳴るゼ

キザで高飛車な
スター客を装う指技

 店員は忙しく、ときに傲慢だ。生半可な呼び方では平凡な一市民の元には来てくれないかもしれない。が、客が芸能人ならどうか。指をパチンと鳴らすいかにもスター然とした様を見れば、大御所芸能人だと勘違いしてヘーコラ寄ってくるに違いない。指パッチンとは違う点に注意。(稲)

■報告三



センセーッ!

店員に油断を与える
偽りの師弟関係

 店員とて人の子。持ち上げられると弱いものだ。そこで、自分を素直な生徒に、店員を敬愛する先生に見立てたこの呼び方を。師弟関係を認めることで奴の自尊心をくすぐろう。選手宣誓を思わせる爽やかさまで醸し出せれば効果はさらに倍。なお、ワキ毛を隠すか否かは個人の自由だ。(石)

■報告四



サイレント・ヤッホー

山の爽快感再現で
店員の心に余裕を

 なんで店員が気づいてくれないかというと、それは忙しくて心に余裕がないから。元はと言えば客がストレスの原因なんだし、ここはアルプスの少女になってヤッホ〜って叫ぶふりをするのがいいのでは。山にいる気分が味わえれば、みんな優しい気持ちで接してくれるはずだもの。(辻)

■報告五



場末のラウンドガール

相手の視野に
入るための
面積増大策

  店員呼び寄せで最も重要なのは、面積である。どれだけ自分が店員の視野内で広い面積を占められるか。勝負はここにかかっている。面積の飛躍的増加を狙うなら、メニューを頭上高らかに掲げるべし。目のいい店員の場合、指差しだけで注文内容を察知してくれる可能性もあろう。(高)

■報告六



ほろ酔いスナイパー

殺気を手拳銃に
込める威嚇スタイル

 相手は百戦錬磨の店員だ。ちょっとやそっとのことでは振り向いてもくれないだろう。ならば我々も強硬手段に出るしかない。威嚇せよ。人差し指で慎重かつ大胆に照準を合わせ、殺気という名の弾丸をこめろ。それでもダメなら……残念だが実力行使しかない。シューティング!(永)

■報告七



ライターで火をつけています

ペンライトもどきが
伝えるファン魂

 せっせと働く店員さんは、私ら客のアイドルよ。今宵も居酒屋ステージで、若い炎を燃やしているわ。だから私も火をつけて、熱いエールを贈ります。気づいてくれなくたっていい。振り向かなくても構わない。今日も明日もあさっても、じっと待つのが客ごころ。ハーコリャコリャ。(遠)

■報告八



鏡の国からキラキラ

ミラーで光を反射させる
禁断の秘技

 自分が鏡の国から来た光の精であることを居酒屋くんだりで暴露するのは不本意でしょうが、背に腹はかえられません。秘密のコンパクトを開けたら、光の入射角と反射角を小刻みに調整しましょう。ちなみに、キラキラ光線放射の瞬間は真顔の方が威力は大きいと判明しています。(中)

■学会主宰より総括

店員がハッと振り向く極めつけ手練手管とは

 ここでは各論説のもっともらしさあるいはウソくささ、ないしはなぜにそんなこと言い出すのかといった思想的背景等に留意して論評を加えていくこととする。

 報告1の【ハラペコなら手をたたこ、パンパン】は、じゃ隣で手叩きながらくっちゃべる人が飲んでたら?と突っ込まれると途端に論拠を失うのではないか。

 報告2の【指が鳴るゼ】は指を鳴らせない(鳴らない)者への思慮に欠けている点が何より腹立たしい。

 報告3の【センセーッ!】はすこぶる効果的と思えるも、店員を敬愛する先生と見立てていながら「奴」呼ばわりしている点は見逃すわけにはいくまい。

 報告4の【サイレント・ヤッホー】は一服の清涼剤のよう。ふと爽やかな気分になりかけたが、よく考えるとあまりに地味で実践的効果は期待薄と判断。

 報告5の【場末のラウンドガール】における面積増大策には納得。ただ、そこまで目立っておいて「子持ちししゃも1こ」等のセコい注文を言えるかどうか。

 報告6の【ほろ酔いスナイパー】は殺気という精神主義を導入した論旨が新機軸だ。しかもほろ酔い客がいかにもやりそうなアクションなのもおかしみを誘う。

 報告7の【ライターで火をつけています】は「振りまかなくても構わない」と言い切った時点で却下。

 報告8の【鏡の国からキラキラ】は何がナニやら。

 というわけで今回の推奨スタイルは、ディスコミュニケイティブな居酒屋において殺気というネガティブな力をポジティブに運用しようとした【ほろ酔いスナイパー】としたい。以上。

■学会うらばなし

●当初、第38回学会のテーマは、「ボウリングでストライクを取った時の喜び方」であったが、ハイタッチ両手、ハイタッチ片手、ロータッチ、握手、抱擁、腕タッチ、腕クロスタッチ、ケツバンプ、グータッチ、ダイブ、ジャンプ、胴上げ、一本締め、三本締め、ウーワッ……とスタイルをピックアップしているうちに収拾がつかなくなり、急きょテーマが変更になったという経緯がある。

●報告1の説名は、名曲「幸せなら手をたたこう」より。主宰が、「ハラペコ」の、特に「ペコ」に強い違和感を唱えるも、却下。

●報告2の説名は、言い回し「腕が鳴る」より。最後の「ぜ」を「ゼ」とカタカナ化したのは、キザな男らしさに飽くなき憧憬を持つ事務員の日活的センス。

●報告3の説名は、教室内呼びかけの「先生」と高校野球の「宣誓」のダブルミーニングネーミング。

●報告4の背景に流れるのは勿論「アルプスの少女ハイジ」。ハイジ系ホームページ界の巨星である龍野画伯(フロム・エー版の学会公式絵師)への深い敬意が表されている。

●報告5、報告6の説名は、いま思うとなんとなく似ている。

●報告7の説名は、「場違いホタルは火遊び好き」という強力なライバルを土俵際でうっちゃって採用された。潔く虚飾のレトリックを廃した、いわゆる「ネ直論」(ネーミングにおける直截記述論〜1999)に基づく名付けが、従来のイメージ文法に則った「場違い〜」を破ったこの事実は、エポックメイキングな出来事として学会員の心に深く印象づけられた。このスタイルが今後主流になる、と副宰は思っているが賛同者は見つからなかった。

●報告8の説名は、「テレビの国からキラキラ」。


研究ユニット●94年発足。生活上のグラマラスな題材について精力的but投げやりな探求を行う。TVで「ポッキーの食べ方」の研究を発表したら、グリコの笛吹様がポッキーを贈ってくれた。感激の涙に浸して食う新スタイルを早速「ウスイ」と認定。


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