第46回テーマ

■学会主宰より前口上

当学会へようこそ。諸君はざるそばをつゆにちょいちょいと浸してズルズルっとこう、粋に食す際、どのようにしてワサビつけ、または溶かし、あるいはまぶしているだろうか。ざるそばには絶対に欠かせない、日本伝統の緑のスパイス・WASABI…その正しい食べ方を精鋭の論者らが辛口トークで問いただす。

■報告一



きまぜワサビの溶かし唄

つゆにワサビを
投入して
かきまぜる

 そばはズルズルとスピーディーにかきこむ食べ物。当然、ワサビの処遇に求められるのは手間の少ないシンプルな操作性だ。食前にワサビをつゆに入れ、箸でかきまぜ溶かして一体化しておけば、後は麺ズルズルに集中するだけ。マイルドになったつゆにはワビサビの心が溶けている。

■報告二



物そばちょこづけ

容器に付着した
ワサビに
麺をつける

 そばちょこの内壁にワサビをちょこっとつけておき、つゆに一瞬ひたした麺をワサビに軽く触れさせて食べる。必要な量を必要な時に摂取でき、つゆがワサビで汚れることを防ぎ、しかも箸の描く軌跡は最少ですむ。そば処の知恵がめんめんと息づく、実に理に適った食べ方である。

■報告三



パイシー・グラデーション

つゆに投入後
かきまぜずに
放置する

 ウィットに富む通人ならば、そばを食う時だってゲーム感覚のスパイスをきかせたいもの。例えばワサビの塊をつゆに投入して放っておく放置プレイ。時間経過につれワサビが少しずつ溶け出すが、全部溶ける前に麺を食べきれば君のWIN。賞品は底にこびりついた緑のビチグソだ。

■報告四



るそば戦線異常アリ

箸で直に
口へ運んで
麺と合流させる

 第一級重要通達。耳をそばだたせてよく聞け。斥候・麺は先んじて口中に潜入せよ。箸につままれた本隊・ワサビの到着を待ち、舌上の合流をもって一気に攻め込むべし。ワサビの辛さを敵に直接浴びせることが、我々ざるそば部隊に残された唯一無二の使命なり。以上。健闘を祈る。

■報告五



は口ほどにサビを食う

口には入れずに
目玉で風味を
味わう

 ワサビって好きじゃないから食べたくない、でもだからといってムダにはしたくない、せっかく出してくれたそば屋さんにも失礼だし……なんて小さな胸を痛めるのはやめて。近距離からじっとワサビを見つめて、立ち上る辛味を目で味わえばいい。涙は唾液よりも美しいのだから。

■報告六



ップ・オブ・ハッシッシなめなめ

箸の上端に
ワサビをつけて
しゃぶる

 せっかく箸の国に生を受けたのだから我々はもっと箸全

体を活用する術を身につけたい。留意すべきは、日常ノーマークになりがちな箸の上端だ。ここにワサビをつけておけば、そばをすすってはなめ、なめてはすするという理想的なローテーションが可能。箸は端まで使ってこそ。

■報告七



ぶしてサビそば

ざる上で
麺とワサビを
まぜ合わせる

 ざるそばに物足りない点があるとすれば、それは自分で料理を仕上げる感覚がないことである。お好み焼きや焼き肉の人気を見れば、このセルフ・フィニッシュ感の導入は急務である。そこでサビそば。ざる上で麺にワサビをよくまぶしてから食うのである。これはピリッと楽しい。

■報告八



のヒゲ

鼻の下に
ワサビを塗って
香りを吸う

 唐辛子やマスタードの辛さはホットだが、ワサビはクールな辛さを発揮する香辛料だ。ヒーヒーではなくツン。舌ではなく鼻にくる辛さ。この優れた特性を活かすには、鼻の下にワサビを塗ってそばを食うのがベスト。グリムの「青髭」は恐いが、「緑髭」なら優しい目で見られるはず。

■学会主宰より総括

ワサビをそばにつけるなら通な所作を極めろ

ここでは各論説の巧みで説得力に溢れたもっともらしい嘘八百の百花繚乱な論理展開の妙、等に留意して論評を加えることとする。

 報告1カキマゼワサビの溶かし歌は、根本的につゆと一体化して実体を失ってしまったワサビははたして幸せなのか、という点で疑問であり、美味しんぼもまたこの方法を認めてはいないような気がした。

 報告2名物そばちょこづけは、何かの拍子にワサビが容器内に落ちてしまったら、結局、報告3と同じでは…との危機感を拭えない。

 報告3スパイシー・グラデーションは「緑のビチグソ」の一文で、読者らの支持を壊滅的に失うことになるだろう。

 報告4ざるそば戦線異常アリは、少し幻聴のケがありそうだ。

 報告5目は口ほどにサビを食うの美しさは買えるが、ワサビが嫌いならみるのもイヤであるはずだ。

 報告6トップ・オブ・ハッシッシなめなめは一見、奇異な方法に思えるが、どこか「通」の香りも漂っている。箸の上端ならば口とも近く、なめるのが容易という点で気の短い江戸っ子にも受け入れられそうだ。

 報告7まぶしてサビそばはパジリコのスパゲティと見分けがつかなくてついフォークを食べちゃったりしそうな点が惜しい。

 報告8緑のヒゲは、もはやガマン大会の様相を呈してはいないだろうか。

 というわけで今回の推奨スタイルは、そのさりげない所作にいかにもワサビを嗜好する雰囲気が漂うトップ・オブ・ハッシッシなめなめとしたい。以上。

■「学会うらばなし」

●もう1年半ほど前から広報していた当学会のオフィシャルブック『生活様式学入門』(扶桑社)の発売日が、ついに2000年7月31日に決定。今までに研究した32テーマを、連載時よりもかなり余裕のある体裁で収録した約400ページ。売り切れを希望しています。


絵●龍野宏幸

研究ユニット●94年発足。生活上のグラマラスな題材について精力的but投げやりに探求中。オーバーワークがたたった主宰が、まだ書いていない原稿をバッチリ書き上げたと勘違いする奇病にかかっており、副宰と事務員は小さな乳首を痛めている。


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